第五章. 振り子に関するトピックス
振り子の運動は、いろいろな物理現象の中でとても基本的な運動です。しかし振り子の周期は、公式として覚えてはいても、それを導きなさいと言われると、なかなかすぐには出来ないのではないでしょうか。そこで、今回は振り子の運動を数学的にきっちりと扱ってみましょう。さらにその発展として「何故ブランコをこぐことができるのか?」という疑問に、数学的な答を出してみたいとおもいます。
振動を扱うには、三角関数の微分ができなくてはいけません。
三角関数の微積の公式:
(sinωt)’ = ωcosωt
(cosωt)’ = - ωsinωt
ここでωは定数です。これらの公式は数学の授業で扱いますから、とりあえずここでは結果だけ覚えておいてしまいましょう。さて、物体の位置がx(t) が次のように与えられたとしましょう。
x(t) = A cosωt + B sinωt
この時に、物体の速度v(t)、加速度a(t)は、x(t) を微分することで得ることができます。
v(t) = -Aωsinωt + Bωcosωt
a(t) = -Aω^2 cosωt-Bω^2 sinωt
ここで、x(t) と a(t) の表式を見比べることによって、次のようなとても重要な公式を得ます。
単振動の解の公式(1):
a(t) = -ω^2 x(t) ⇔ x(t) = A cosωt + B sinωt
(公式の証明のうち⇒は、大学にいかないとできないのでここでは省略します。)さて、加速度a(t) は位置x(t) を2回微分したものになっていました。そこで a(t) を
a(t) = { ( x(t) )’}’= x’’(t)
と微分記号を使って表すことができます。これを使って、公式を次のように書き換えることができます。
単振動の解の公式(2):
x’’(t) = -ω^2 x(t) ⇔ x(t) = A cosωt+ B sinωt
このように書き直すと、矢印の左側はx(t) の方程式になっていることが分かります。さらに「微分」が含まれているので、この関係式を「微分方程式」と呼びます。この方程式を満たすx(t)のことを、「微分方程式の解」を呼びます。こういうことを頭にいれて公式を見直すと、この公式は微分方程式の解の公式を与えていることがわかります。
図1のように長さL_0 の振り子を用意して振動させてみましょう。この運動を理解するためには、とにかく運動方程式を書くしかありません。まず図1のように力を図示し、次にx座標を振り子の軌道にそって取ります。振り子はこの方向にしか動けないので、運動方程式は x 成分についてのみ立式すれば十分です。
運動方程式: ma = -mg sinθ
ここで m は物体の質量、θは振り子と鉛直線とのなす角(ラジアン)です。しかし残念ながら、このままでは方程式を解くことが出来ません。そこで、振動が非常に微小である(θ<<1)と仮定します。この時、
三角関数の近似公式 : sinθ≒θ≒x/L_0
が成立します。この近似は、図2の円弧において中心角θが十分小さいときにAB=AHと近似できることと、AB=θ(ラジアンの定義)およびAH=sinθ から導かれます。
この近似を用いると、
a(t) = -(g/L_0) x(t)
という「微分方程式」を得ることが出来ます。ここまで来れば、我々は前の節の公式を用いて、この方程式を解くことが出来ます。つまり、ω^2=g/L_0 とおいてやると、x(t) を次のように書き表すことが出来ます。
x(t)=A cos ωt + B sin ωt
これによって、振り子の振動を数学的に導けました。
定数 A, B は、物体が始め(t=0)でどのようになっているかによって決定されます。例として、物体を x=cの位置まで持っていって、時刻 t=0 にそこからそっと離したと仮定しましょう。この時、 x(0)=c, v(0)=0 を用いて,A=c, B=0 となります。よって、物体の位置 x(t) は、
x(t) = c cos ωt
となります。よって、運動の様子は図3のようになります。
またこの表式から振り子の周期 T も求めることが出来ます。時刻t=0 に振り子が振動を始めたとすると、振り子の位置x(t) はcos の中味が 2π (360度にあたる)だけ増えると、元の位置に戻ります。よって振り子の周期T はωT=2πの関係式を満たし、
T = 2π/ω = 2π√(L_0/g)
と計算されます。
振り子の運動の発展版として、ブランコの運動を考えて見ましょう。何故、ブランコを「こぐ」ことが出来るのでしょうか。この理由を正しく理解するには、ブランコの運動を数学的に正しく表現しなくてはいけません。ここで出てくる数学は、若干複雑なのですが、今回は頑張って高校生にも分かる範囲で解説を試みてみましょう。(ちょっと無謀かもしれないですが、、、)
まず、ブランコをこぐときに何が起こっているかを調べて見ましょう。図4にブランコをこぐ様子が描かれています。まず、立ちながらこぐ場合からいってみましょう。真横から見るとブランコの位置によって、人の重心が変化していることが分かります(図4.(a))。これは、座りながらブランコをこぐときにも(ちょっと見にくいですが)同じであることが分かります(図4.(b))。つまり人がブランコをこぐときには、ブランコが最も揺れた瞬間は重心を上に、ブランコが中央に来たときは重心を下に動かしているのです。そこで、ブランコをこぐ過程を図4.(c)のような振り子の長さが物体の場所によって変化するというモデルで表わすことにしましょう。
座標を図のようにおき、時刻 t=0 で x=c で振り子を動かし始めます。もし紐の長さが変化しないならば、物体はx(t) = c cosωt のように振動するのでした。ここで紐の長さをうまく調節して、ω=1 としてしまいましょう。こうすると、以下の計算がとても楽になります。この時、物体の運動は
x(t) = c cos t
で与えられます。t=0 にx=c を出発した物体は、x(t) の表式からわかるように t=2πで元に戻ってきます。また、その半分の時刻t=πでは物体は反対側の位置 x=-c にいます。
さらに振り子のひもは、時間によって次のように変化するとしましょう。
L(t) = L_0 (1 -εcos 2t)
ここで、 εは振り子の長さの変化の割合を表わしていて、振り子の長さはL=L_0(1-ε) からL=L_0(1+ε) の間を変化します。始め(t=0)は、L=L_0(1-ε) です。その後L(t) は増加していってL=L_0(1+ε) で最大となり、また減少して振り子が反対側に来たとき(t=π)にL=L_0(1-ε) に戻ります(図4.(c)を見よ)。ですから、長さの変化の周期は、振り子の周期の半分になっていて、そのためにL(t)の表式のcosの中味に2がつきます。
さて、振り子の運動方程式を書いて見ましょう。先ほど振り子の長さが変化しない場合の方程式とまったく同じ形の方程式、
a(t) = -(g/L(t)) x(t)
が得られることが分かります。ただし、振り子の長さL(t) が変化することが異なります。残念ながら、このままの形では、方程式を解くことが出来ません。そこで、εを十分小さいと思って、次のような近似を行います。
g/L(t) = g/{L_0(1-εcos 2t)}
= g/{L_0 (1+εcos 2t)}
ここでx<<1 の時に成り立つ近似公式1/(1+x) = 1-x を用いています。結局、解くべき方程式は、
a(t) = - (1+εcos 2t) x(t)
となります。(ω^2=g/L_0=1 を用いた)
ここで、どんな運動になるかを考えて見ましょう。ブランコを少しずつこいでいくと、ブランコは揺れながらその揺れ幅が大きくなっていきます。しかし、一往復する間の運動に注目すると、(揺れ幅が微小である限り)単振動にほとんど近くなるはずです。そこで、先ほどの運動方程式の解として、
x(t) = c(t) cos t + d(t) sin t
という形を仮定し、c(t), d(t) は時間によってゆっくり変化するとします。(時刻 t=0 では、c(0)=c, d(0)=0 です。)これを先ほどの微分方程式に代入して見ましょう。x(t) を2回微分することによって、加速度 a(t) は、
a(t) = c''(t) cos t -2 c'(t) sin t-c(t) cos t
+ d''(t) sin t + 2d'(t) cos t - d(t) sin t
で与えられます。 ここで、c''(t), d''(t) の項を落としてしまいましょう。その理由は後で述べることにします。よって方程式にa(t), x(t) を代入することによって、
-2c'(t) sin t -c(t) cos t + 2d'(t) cos t - d(t) sin t
= -(1+εcos 2t) (c(t) cos t + d(t) sin t)
= -c(t) cos t -(εc(t)/2) cos 3t - (εc(t)/2) cos t
- d(t) sin t - (εd(t)/2) sin 3t + (εd(t)/2) sin t
となります。二番目の等式では、三角関数の積和の公式を用いました。ここでさらにcos 3t, sin 3t の項を落とします。(この理由も後で述べます。)すると、
-2c'(t) sin t + 2d'(t) cos t = -(εc(t)/2)cos t -(εd(t)/2)sin t
という式が出来上がります。ここで任意の時刻でこの式が成り立つには、sin, cos の前にかかっている係数が一致しなくてはいけません。よって、次のような「連立微分方程式」が得られます。
c'(t) = εd(t)/4 かつ d'(t) = εc(t)/4
この微分方程式から d(t) を消去すると、
c''(t) = (ε/4)^2 c(t)
という微分方程式が出来上がります。ここで、 c''(t) はεについて2次であることに注意してください。それに対して、c'(t)=εd(t)/4 は εについて1次です。ここでε << 1 ですから、c''(t) << c'(t)が成り立ちます。これによって、先ほど c''(t) の項を落としたことが、正当化されました。(d''(t) に関しても同様です。)
さて、ここで得られた c(t) についての微分方程式をまじめに解くことも出来ますが、ここでは、その振る舞いの様子だけ確認することにしましょう。c''(t) は c(t) に比例していることに注目してください。c(t)>0 の時は、c''(t)>0 となり、c'(t) は単調に増加します。始めc'(0)=εd(0)/4 = 0 ですから、そこから c'(t)が単調増加すると c'(t)>0 となります。ですから、c(t) も単調増加します。よって、「c(t) は増加し続けます!」これによって、ブランコの振幅が大きくなり続けることがわかります。
最後の方は、数式のオンパレードで混乱してしまったかもしれません。しかしながら、ブランコのような身近な現象を解明するときでさえ、数学は必須なことは、よくわかるでしょう。(ですから、フォロー出来なかった人も、「数学を使えば、なんとかなるのだなあ」くらいに思ってくれれば十分です。)数学なしで、ブランコの運動を分析することは、ちょうど手足をしばって遠泳するのと同じくらいたいへんです。
さて、cos 3t,sin 3tの項を落としていい理由をまだいっていませんでした。実は、ここでやった計算をもうちょっと改良することが可能です。それは、
x(t) = c(t) cos t + d(t) sin t + e(t) cos 3t + f(t) sin 3t
とおくことです。これを計算すると、c,d,e,f についての微分方程式を得ることが出来ます。(ただし、cos 5t, sin 5t の項を無視します。)すると、e(t), f(t) はc(t), d(t) に比べて小さいことがわかります。ですから、cos 3t, sin 3t からの影響は十分小さくて無視できることが分かります。数学力に自信のある人は、試してみてください。
ここで扱った問題は、「パラメータ共振」と呼ばれる現象です。興味ある方は、ランダウ=リフシッツ「力学」(東京図書)を御覧になるとよいでしょう。