第八章. 見えないものを見る---万有引力---後編
夜になると、空には多くの星が美しく輝いています。何故、星は輝くのでしょう。星の色が違うのは何故でしょう。宇宙はどういう構造をしているのでしょうか。宇宙に果ては、あるのでしょうか。このような疑問が湧くのは、当然と言えます。わからないことをわかろうとするのが、科学の基本的な精神ですから(え、初めて知ったって?)、古くはエジプト、メソポタミアの時代から、多くの人々によって、宇宙を研究する自然科学の一分野が形成されました。それが「天文学」です。
天文学において、一番重要な力は「万有引力」です。星と星の間の距離は、想像を絶するほど離れています。非常に長距離まで及ぶ力は、「電磁気力」と「万有引力」の2つしかありません。ところが、星を含む多くの物質はプラスの電気とマイナスの電気を同数含み、電気的に中性となっています。よって、天文学では「電磁気力」はあまり重要な働きをしません。(もちろん対象によっては、電磁気力は重要になってきます。)このような訳で、宇宙の構造を調べる上で、万有引力の法則が、大活躍します。今回は、その活躍ぶりを見て頂きましょう。(第七章で紹介した事柄を前提にお話します。)
まず、地球上で鉛直上方に速度vで質量mの弾丸を打ち上げることを考えましょう。高さhだけ上昇して、戻ってくるとすると、エネルギー保存則は、
mv^2/2 + 0 = 0 + mgh
とかけます。この式は、物理を学んだ人たちには、お馴染みの式ですね。この式を信じると、どんなに弾丸を打ち出す速度を増していっても、必ずこの式で決まるある高さhで戻ってくることがわかります。でも、本当でしょうか。もしそうだとすると、宇宙に向けてロケットを発射することは、不可能になってしまいます。(どんなに燃料を使っても、有限の運動エネルギーしかつくり出せないので、必ずどこかで引き返してしまう。)
実は、この式はあくまで近似的なものなのです。なぜなら、この式を導出するとき、「上空でも重力はmgで一定である」という仮定をしたからです。この仮定は、hが地球の半径(6400 km)に比べて、十分小さい時に非常によく成り立ちます。(身の回りで起こる物体の運動は、まず大丈夫です。)しかし、ロケットのように相当の距離まで上空に行くと、重力は小さくなります。実際に、万有引力の法則から、地上で受ける重力の大きさはGMm/R^2であるのに対して、高さhの上空での重力の大きさはGMm/(R+h)^2まで減少してしまいます。(ここでGは重力定数、Mは地球の質量、mは物体の質量、Rは地球の半径。前回の記事を参照のこと。)
このように重力が上空に行くほど小さくなってしまうことを考慮に入れると、エネルギー保存則は、
E = mv^2/2 - GMm/R = 0 - GMm/(R+h) ・・・ (1)
と書き換えられます。(証明は、他の参考書に任せることにします。) ここで、-GMm/Rは地球の中心から、距離Rの物体の持つ万有引力による位置エネルギーです。
さて、ここまでは、弾丸がいつか引き返してくることを、仮定してきました。ここで、式(1)を見てわかることですが、力学的エネルギーEは(-GMm/(R+h)<0より)負にならなければいけません。仮に、Eが正になってしまうと、hの値が定められなくなります。
以上のことから、次のようなことがわかります。vは十分小さいうちは、式(1)からE<0となり、弾丸は引き返してくるのですが、vがある程度大きくなってくると、E>0となってしまい、弾丸は引き返してこなくなるのです!弾丸が、返ってくるかこないかの境となるvの値をVとしたとき、このVのことを「第二宇宙速度」と呼びます。第二宇宙速度Vは、式(1)において、ちょうどE=0となるときの初速を求めれば良いですから、
mV^2/2 - GMm/R = 0
を解くことによって、より容易に求められ、V=√(2GM/R)となります。ちなみに地球上から弾丸を発射する場合、地上での重力加速度g=GM/R^2をもちいて、V=√(2gR)とかきなおしておいてから、R=6400[km], g=9.8[m/s^2]を代入して、V=11.2[km/s]を得ます。(手計算でもできるから、やってみよう。ただし、単位に注意。)ものすごい速さであることに、注目して下さい。
(補足)次のような考え方によっても、脱出速度がわかります。弾丸が折り返してくる高さhは(1)から、h = (R^2 v^2)/(2GM - R v^2)と計算できます。さて、ここでvを0から徐々に大きくしていきましょう。すると、vの値が増すにつれて、hの表式の分母は小さくなって、ついに分母が0になってしまいます。するとhの値は無限に大きくなってしまいます。つまり、この分母が0となってしまう速度v=√(2GM/R)以上の速度を与えると、弾丸は宇宙に飛び出したっきり、返ってこない(h = ∞ !! )のです。
ここから、話を壮大にひろげて、宇宙の話になだれこむことにします。多くの啓蒙書などによって、我々のいる太陽系は、銀河系と呼ばれる星の集団に属していることは、ご存知でしょう。我々のいる銀河系以外にも、数多くの銀河が存在します。その中でも、もっとも有名なのはアンドロメダ銀河でしょう。(ちなみに漫画「銀河鉄道999」で終着駅としても登場しました。)このアンドロメダ銀河は、比較的我々のいる銀河系に近いところにありますが、それでも200万光年という距離にあります。(1光年とは、光が1年間かかって進む距離です。)その他にも、数多くの銀河が観測されています。
それらの銀河を観測をするうちに、天文学者のハッブルは、おかしなことに気付きました(1929年)。すべての銀河系からの光の波長が、予想される光の波長に比べて長くなっていたのです。簡単に言ってしまえば、銀河系の色が赤っぽくみえたのです。(ちょっと語弊がありますが。)これは、光がドップラー効果を起こしたと考えるのが、自然です。つまり、すべての銀河系が我々の銀河系から遠ざかっていて、そこから出た光の波長が長くなったのです。(救急車が通り過ぎた後を考えてみて下さい。)しかも、観測の結果、銀河の後退速度(我々の銀河系から遠ざかる速度)vは、その銀河までの距離Rに比例し、定数Hを用いて、
v = H R
とかけることが、わかりました。つまり、銀河までの距離が2倍になれば、後退速度も2倍になるのです。この法則を「ハッブルの法則」といいます。また定数Hを「ハッブル定数」と呼びますが、これは観測によっておよそH=15 [km/秒/100万光年]程度であることが、わかっています。
ハッブルの法則から、とても重要な結論を得ます。それは、宇宙の過去に関する情報です。ハッブルの法則を信じるとすると、過去に遡れば遡るほど、銀河と銀河の距離は近かったはずです。そして、大昔(150億年ほど前と考えられている)には、宇宙に存在するすべての物質は一点に集中して、超高温, 超高密度の火の玉となって存在していたと、結論されます。この火の玉がビッグバンと呼ばれる大爆発によって膨張を始めて、現在に至っているのです。
さて、本論はここからです。宇宙の未来はどうでしょう。今後も、宇宙は膨張し続けるのでしょうか。それとも、いつか収縮に転じるのでしょうか。これが、今回の解説のメインテーマです。
基本的な考え方は、こうです。まず、銀河は始めの爆発の勢いによって、膨張しています。しかし、銀河系と銀河系の間の万有引力によって、銀河系は互いに引きあい、膨張の勢いは減少しています。ですから、膨張の勢いと万有引力との間の競争によって、宇宙が膨張を続けるかどうかが、決定されます。
図1
我々の銀河系OからRだけ離れた銀河Gに注目しましょう(図1)。この銀河の質量をmとします。この銀河はv=HR の速度で我々の銀河系から遠ざかっています。問題は、この銀河系が受ける万有引力の大きさ(Fとおく)です。前の章で解説したように、この銀河は、我々の銀河系Oを中心とする、半径Rの球の内部の全質量(Mとおく)が、あたかも一点Oに集中していると考えて、F=GMm/R^2とすれば良いことが、わかります。ここで、宇宙の平均質量密度をρとかくことにすると、M=ρ×(4πR^3/3)です。
さて、ここで銀河Gの力学的エネルギーを考えてみましょう。
E = mv^2/2 - GMm/R = m(HR)^2/2 - (Gm/R)×ρ×4πR^3/3
第二宇宙速度のときと全く同じ議論によって、E<0のとき、銀河Gはいつか引き返して我々の銀河系に近付いてくることがわかります。このとき、宇宙の膨張はいつか止まって、収縮に転じます。不等式E<0を宇宙の質量密度ρについて、解いてみると、
ρ > (3H^2/8πG)
となります。この式の意味するところは重要です。つまり、宇宙の密度がこの不等式を満たすほど大きければ、物質の重力が膨張の勢いに打ち勝ってしまい、いつか収縮に転じてしまうのです!一方、E>0のとき、つまり
ρ < (3H^2/8πG)
のとき、銀河Gは我々の銀河系から遠ざかり続けます。宇宙の密度が小さいと、重力によって膨張の勢いを止めることができないのです。
このように宇宙の質量密度の大きさによって、宇宙の運命は全く異なってしまいます。ちょうど運命を分けてしまう宇宙の密度の値ρ_0 = 3H^2/8πGのことを臨界密度と呼びます。HとGの観測値を代入してみると、
ρ_0 〜 5×10^(-24) [g/m^3]
という、とても小さな値になります。(この密度では、1[m^3] の体積内に水素原子が3個程度しか存在できない。)
さて、実際の宇宙はどうなのでしょう。もちろん、その鍵を握るのは、宇宙の密度です。多くの天文学者が、宇宙の密度の測定を行ないました。もっとも素朴な方法はこうです。星1個あたりの質量を推定します。これは、星の内部構造の研究から、得られます。後は、星の数を数えるだけ。もちろん星にはいろいろな種類がありますから、それに応じて質量の見積りも変えます。このようにして得られた大雑把な宇宙の密度は、臨界密度の1/100程度となりました。もちろん、見積りの誤差は大きいでしょうが、まさか100倍も狂うことはあるまい。ですから、宇宙にある物質の重力によって、宇宙の膨張を止めることはできず、宇宙は膨張を続けるのだ、と言いたいところですが、、、
残念ながら、前節の議論は不十分なものです。それは、次のような観測結果があるからです。星と星の間には、星間物質と呼ばれる非常に希薄なガスが存在しています。これらのガスは、回りの星の光を受けることで、弱い電波を放出することが知られています。動いているガスから放出される電波は、ドップラー効果によって、その波長が変わります。波長の変化を測定すれば、そのガスの移動速度がわかります。
図2
銀河にある星間物質は、銀河を構成している星とともに回転しています。しかも、星間物質は銀河系の周辺にまで広がっており、星が存在している領域の数倍程度の距離まで存在しています。さて、これらの星間物質の回転速度を、測定した結果を図2に示しました。この観測結果は驚くべきものです。銀河の中心からの距離Rが大きくなるにつれて、はじめのうちは回転速度は大きくなっていきますが(これはそれほど驚くことではありません)、ある距離Rからほぼ一定となり、星の見る範囲の3倍程度のところまで、それが続きます。これはどう考えてもおかしい!
図3
理由は、太陽系での惑星の運行と比べてみると明確です。太陽系では、大部分の質量を太陽が担っています。このとき、太陽からの距離Rが大きい惑星ほど、回転速度vが小さくなります。実際、惑星の軌道を円とみなすと、v^2はR^3に反比例します(図3.(a),ケプラーの第3法則)。
一方、銀河の場合も星間ガスは非常に軽く、宇宙を満たしている質量の大部分は星が担っていると考えられます。ですから、星が存在する範囲より外側にある星間ガスについては、太陽系での惑星の運行と同じように、銀河の中心からの距離Rが大きくなるにつれて、回転速度vは減少しなくてはいけません。それにも関わらず、観測結果は星の見える範囲よりも遠いところで、vが一定となっているのです(図3.(b))!
もうちょっと正確に議論してみましょう。銀河の中心からの距離Rで、回転速度vで回転するガスの運動方程式を立てると、
m v^2/R = GMm/R^2
となります。ここで、Mは銀河の中心を中心とする半径Rの 球の内部にある全質量です。これより、
M = v^2 R/G
となります。Rが十分大きく、vが一定のとき、MはRに比例することが見てとれます。つまり、星のない領域にも何らかの「見えない質量」があって、Rが増加するにつれて、(星がないにもかかわらず!)半径Rの球面内の質量は増加すると結論せざるをえないのです。
この「見えない質量」のことを、「ダークマター」と呼んでいます。ダークマターが何であるかは、今もってよくわかっていません。星になり損ねた小さな天体であるとか、ニュートリノとよばれる非常に軽いが有限の質量をもつ粒子であるとか、いろいろな説がありますが、まだ確定的な証拠は見つかっていません。この見えない質量を見つけ出すのに、「万有引力の法則」がとても有効に働いたことに注目して下さい。物理法則は、目に見えないものを探り当てる能力があるのです。
さて、宇宙の運命の方はどうなるのでしょう。ダークマターの存在まで考慮に入れると、宇宙にある物質の質量は、観測されている星の全質量よりもずっと大きくなります。いろいろな推測が行なわれていますが、大雑把には宇宙の密度ρと臨界密度をρ_0の比は、
ρ/ρ_0=0.7〜1.3
と見積もられています。(注:これは多少古いデータで、かつ人づてに聞いたので、正確さに欠けるかもしれません。)という訳で、現在の測定技術の範囲では、宇宙の運命は決定できていません。最近の観測では、宇宙の密度ρはρ_0にかなり近い値となっており、もしかしてぴったりρ_0なのではないかと言われてもいます。(何故これほどまでに宇宙の密度が臨界密度ρ_0に近いかを説明する理論もいくつかあり、インフレーション宇宙論と呼ばれています。大変面白いのですが、本当に正しいかどうかはわかっていません。)
宇宙の膨張とその運命に関連して、とても興味深い考えがあります。それは「時間の流れる向き」に関することです。一部の科学者達は、「我々の感じる時間の流れる向きと、宇宙が膨張する時間の向きが一致しているのではないか」と考えています。仮に、宇宙はいつか収縮に転じるとしましょう。宇宙が膨張している間は、宇宙に住んでいる我々は普通の生活をしています。ところがある時、宇宙は収縮に転じます。すると、そこにいる我々は、宇宙が収縮するにともなって、時間は逆さに進むために、まったく逆の動作をします。人々は後向きに歩き、額にあった汗は皮膚に吸い込まれていくのを見ます。しかし、そこに生活している人にとっては、時間が逆に流れているなんて、感じることはできません。その人達にとっては、宇宙が膨張する向きが時間の進む向きなのですから!
この考え方は、本当に正しいかどうか、証明することは困難です。(ちなみに筆者はあまり信じてはいません。)しかし、「時間の進む向き」を科学的に説明しようとしている点では、とても興味がもてます。どうして、時間は一方向にしか進まないのでしょうか。どうして逆戻りできないのでしょう。このようなことを考えていくうちに、人間の一生が有限であること、死んでしまった人間や動物は、二度と戻ってこないことを、筆者は思い浮かべます。人間の感じる悲しみの多くは、時間が一方向にしか進まないことと深く関連があるのではないでしょうか。
この解説に興味を持った方は、池内了著「宇宙をあやつるダークマター」岩波書店を、読んでみると言いでしょう。物理を学んでいない人にも、わかりやすく、数式を用いずに解説しています。その他にも、ダークマターに関する解説書はたくさんでています。なお、今回の解説で行なった臨界密度の導出は、不十分なところがいろいろとあり、正確な導出には、一般相対性理論を用いなくてはならないことをコメントしておきます。
(補足)さらに付け加えると、教養の学生時代にうけた、風間先生の授業ノートがもとねたです。