第七章、見えないものを見る ---万有引力----前編

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万有引力の法則

物体に働く重力について初めて数学的に考察したのは、かの有名なニュートンです。ニュートンは、惑星の運行に関する観測結果から質量 M, m の2つの物体を r だけ離しておいた時、2つの物体の間に

F = GMm/r^2

で与えられる引力 F が働くことを発見しました。これを万有引力の法則と呼んでいます。地球上にあるすべての物体は、その質量に比例して地球の中心に向かって引っ張られることは経験的に良く知っていますが、物体の間にも力が働いているなんて感じたことはないはずで、はじめて知らされると驚いてしまう法則です。(建物や他の人に引き寄せられてしまったなんて経験はないですよね。)しかし実際に身のまわり物体同士の引力を計算してみると、引力は大変弱いことがすぐにわかります。まず重力定数 G は大変小さく、 実験値は G=6.67×10^(-11) [Nm^2/kg^2] です。これは1[kg]の2つの物体を1[m]だけ離しておいた時に 6.67×10^(-11) [N] の引力しか働かないことを意味します。1[N] は大体 100[g重] ですから、とても弱い力であることがわかります。地球のような大変に質量の大きい物体から受ける引力だけしか、我々は感じることが出来ないのです。

地上で受ける重力 mg は地球から受ける万有引力に他なりませんから、

mg = GMm/R^2 ・・・ (1)

が成立します。ここで R は地球の半径、 M は地球の質量です。この式から g=GM/R^2 という式が得られ、試験問題を解く時によく用いられます。またこの式からG, g(重力加速度), R の値がわかると、 地球の質量Mを求めることが出来ます。(g, R の値は比較的容易に測れるのですが、Gの値を測るのはなかなか大変です。 始めてGの値を測定したのはイギリスの科学者キャべディッシュですが、彼はGの測定のことを「地球の重さ測り」と称していたそうです。)

図1

式(1)は学校ではこの形で覚えさせられますが、少し考えてみるとおかしなことに気づきます。式(1)は、「地球の全質量Mがあたかも地球の中心に集まってしまった」かのように書いた式です。しかし実際には地球の質量は地球全体にわたって分布していますから、本当は図1のように物体は地球のあらゆる場所から引っ張られていると考えなくてはいけません。地球の中のあらゆる場所の質量に引っ張られる力は向きも大きさもまちまちですが、地球の形の対称性からそれらの引力の合力は地球の中心方向を向きます。この合力が物体に働く重力と考えられます。どうです?式(1)は当たり前だと思えなくなってきたでしょう?

今回は合力を正確に計算して、確かに式(1)が導かれることを証明してみましょう。そしてこの計算の副産物として、いくつかの興味深い現象を紹介することにします。またこの章は、次の章へのイントロもかねています。

環状の物体から受ける引力

図2

まず簡単のために半径 h、質量 Mの環状の物体から受ける引力を計算してみましょう。図2のように座標を設定し、 z 軸上の点P(0,0,z)に質量mの大きさの無視できる物体をおきます。質量mは環のいろいろな場所から引力を受けます。環上の長さ冱 の微小部分(図のAの部分)から受ける万有引力僥 を考えてみましょう。環は一様にできているとすると、長さ冱 の部分に含まれている質量儁は、儁 = M冱/2πh と計算できます。するとこの部分から受ける万有引力は、

僥 = Gm儁/r^2 = (Gm/r^2) × M (冱/2πh) ・・・ (2)

と書き表せます。 ここで r = √(z^2+h^2) です。この力を環のすべての部分について足し合わせれば終わりです。しかし合力は、1つ1つの力をベクトルとみなしてベクトルの足し算として考えなければいけないので注意が必要です。まず合力の x, y 成分を考えましょう。これは0になることがすぐにわかります。なぜなら微小部分Aから受ける引力とAの反対側の微小部分Bから受ける引力を足し合わせると、合力は必ずz方向を向くからです。これはA, Bに限らず他の場所でも言えることです。よって x, y方向は打ち消しあってしまい、最終的に合力はz方向に向きます。結局、 合力 F は僥 の z 成分 僥_z のみを足し合わせれば良く

F = Σ僥_z_ (僥_zの環のすべての場所についての和)

僥_z = 僥 cos θ

と表せます。ここでθ=∠OPAです。さらに式(2)および cosθ= z/rを代入して

F = Σ (GmM/r^2) × (冱/2πh) × (z/r)
= (GmM z/r^3) × (Σ冱) / 2πh

ここで第二式ではGmM z/r^3の値は環上の場所によらず一定であるので、Σの前に定数として出しました。ここでΣ冱 は環上のすべての場所についての冱 の和をあらわし、円周の長さ2πh と一致します。よって最終的に合力は

F = GmM z/r^3 (ただし r = √(z^2+h^2) )

と計算されます。

この結論を吟味してみましょう。まずz = 0の時はF = 0が得られます。この結果は当然です。なぜならz=0の時、質量 m は環の中心にあるので環からいろいろな方向に引力を受け、それらが互いに打ち消しあってしまうからです。逆に z → ∞ としたらどうでしょう。z → ∞ で r =√(z^2+h^2) → z よりF = GMm/z^2を得ます。環の半径 a に比べて z が十分大きい時は、環状の物体の大きさを無視できるので元の万有引力の法則の形に戻るのです。万事うまくいっている訳です。

球殻の物体による引力

図3

次に図3のような半径a、質量 M の球殻状の物体による万有引力を考えてみましょう。(卵の殻のような物体を思い浮かべて下さい。) 球の中心OからRだけ離れた点Pに質量mの物体を置きます。この質点mは球面の至るところから引っ張られます。その合力を求めてやろうと言う訳ですが、一気に求めようとするととても大変です。そこで線分OP上にPA = z, PB = z + 凛 となるような点A, B をとり、A, B を通りOPに垂直な2つの平面でこの球面を切ります。その時できる細長い輪の質量を儁、半径を h とおきます。ここで凛が十分小さければ、この球面の一部は半径 h の環状の物体として扱えます。先ほど議論により、この輪から受ける引力 僥 は

僥 = (Gm z/r^3) × (儁)

と表せます。(ただし r = √(h^2+z^2)です。) また力の向きは球の中心方向となります。

図4

以後の計算は複雑なので段階に分けて説明しましょう。第一段階は、儁 を計算することです。球の表面積は 4πa^2ですから、輪の質量は儁 = M / 4πa^2 ×(輪の面積) で計算でき、要は輪の面積がわかれば良いことになります。この輪の面積を求めるのに、数学的に美しい次の定理を用いることができます。「図4のように半径 a の球面と半径 a, 高さ 2aの円柱を用意する。この時、球面を幅凛で切った時にできる輪の面積と円柱を底面に並行に幅凛で切った時にできる輪の面積は等しい。」この定理は凛が十分小さい時のみ証明すれば十分で、それは初等幾何の知識があればできるので省略します。またこの定理から、球の表面積と円柱の側面積が等しいことがわかり、簡単な計算によって球の表面積が4πa^2であることも確かめることができます。(不思議な定理ですね。) この定理から、輪の面積は2πa凛と計算でき

儁 = M × (2πa凛/4πa^2)
= M凛/2a ・・・ (3)

を得ます。

輪から受ける力僥 が求まりましたが、これでは不十分です。質量Mの球面全体が質点mに及ぼす引力を計算したいのですから、「球面をたくさん輪切りにして」おのおのの輪から受ける引力の合力をもとめなくてはいけません。それが計算の第二段階です。やってみましょう。(3)をつかって、

F = Σ(すべての輪についての和) 僥
= Σ (Gmz/r^3) 儁
= Σ (GmMz/2ar^3) z ・・・ (4)

ここでは残念ながら z の値が変化すると r の値も変化するので、GMmz/2ar^3をΣの前に定数として出すことはできません。一見手詰りにみえますが、このような時のために先代の人々はうまい計算方法をあみだしました。 それが「定積分」です。式(4)で 凛 を0に限りなく近付けていきます。このとき輪切りにされた輪の幅はどんどん縮まり、輪の個数はどんどん増えていきます。この極限を

と表記します。ここでΣを∫に、凛をdzと書き直しました。またzはR-aからR+aまで変化することも∫の横に書いておきます。これがそもそもの定積分の「定義」です。ありがたいことにこの定積分の計算の仕方は数学でよく知られています。

以後積分の知識を仮定して計算を続けます。積分中にはrとzの2つの変数があり、どちらかに統一しないと計算できません。そこで定積分からzを消去し、r のみで書き表してみましょう。(このようにしないと計算がひどく難しくなります。この方針を見つけ出すのがこの一連の計算の最難関です。かのニュートンもこの計算にかなり苦労したらしい。) まず図4においてピタゴラスの定理から

h^2 = r^2 - z^2 = (R-z)^2 - a^2

となり、z=(r^2+R^2-a^2)/2R を得ます。またR, aは定数なのでdz = r dr/R となります。さらにzがR-aからR+aまで変化する時、rもR-aからR+aまで変化することから

と計算できます。めでたいことに最後に式(1)と同じ式が出てきました。あと一歩です。

最後の結果は、質点 m が球殻から受ける引力は、あたかも球殻の全質量 M が球の中心に集まってしまったと仮定して計算すれば良いことを意味しています。それでは、地球のように中身のつまった球から受ける引力はどうでしょう。それには地球を薄い多数の球殻に分割して考えれば良いでしょう。(タマネギの皮を思い浮かべれば良い。)1つの球殻が質点mを引く力は、その球殻の質量がすべて中心に集まったとして計算すれば良いのですから、それら1つ1つの球殻から受ける引力の合力は、球の全質量が球の中心に集まったとして計算すればよい。よって、中身のつまった球のから受ける万有引力は式(1)で与えられることが証明できました。計算を振り返ればわかるように、物体の受ける重力が式(1)で与えられることは全然自明ではなく、むしろ「奇跡」と呼んでもいいくらいです。

地底人は存在できるか?

今までは球殻の外にある質点mが受ける力を計算してきましたが、では図5のように球殻の中にあったらどうなるでしょうか。計算は先ほどとほとんど同じです。ただしこの場合R<aなのでrの積分の範囲はa-Rからa+Rとなることだけが異なります。計算してみるとこれがなかなか面白い結果を与えます。

図5

なんと球殻の内部にある質点 m は何の力も受けません。質点 m は球殻の各部分から四方八方に引っ張られるのですが、それらがちょうどぴったり打ち消し合ってしまうのです。

昔のSF小説に地底人を扱ったものがありました。地球の中は実は空洞になっていて、そこには地底人が別の文明を築いているという話です。小説の中では地底人は地上の人と上下逆向きに立って暮らしていることになっていますが、先ほどの結果からそれはあり得ないことがわかります。仮に地球の内部に空洞があってそこに地底人がいたとしても、地底人は無重力状態の中で生活しているはずです!

図6

最後にこんな問題を考えてみましょう。「地球の中心に向かって深い穴をほると、穴の底での重力は地上と比べてどうなるか?」この問題はいままでの計算結果を用いて容易に答えることができます。図6のように地球の半径を R、穴の底と地球の中心との距離を r としましょう(r < R)。地球を多数の球殻に分割し、それぞれの球殻が穴の底に置かれた質量 m の物体に及ぼす引力を考えてみます。半径が r より大きい球殻からは、質量 m の物体は力を受けません。一方、半径が r より小さい球殻から受ける力は、球殻の全質量が中心に集まったと仮定して計算すれば良いことがわかっています。結局、「質量 m の物体の受ける引力は、物体の内側の半径 r の球の内部の質量が、すべて中心に集まったと考えて引力を計算すればよい」ことがわかります。その結果、穴の底では地上より重力は弱くなります。どれくらい弱くなるかも計算できますが、詳細は他の参考書(例えば山本義隆著「物理入門演習」駿台文庫)に任せましょう。

おわりに

今回の計算によって、式(1)の見方が変わったことでしょう。この式をみたら、地球のあらゆる場所の質量が物体を引っ張っていることを想像できるようになって欲しいものです。そして、自然界はうまくできているものだということを感じて欲しいですね。

ところで万有引力(地上では重力とも呼ばれる)は、我々にもっとも身近な力ですが、それと同時に、太陽のような恒星や銀河系のような星の集団を形成する原因となる重要な力です。そして今回導いた結果は、天文学の分野で大活躍します。次の章では、本章の結果を用いて、宇宙論について解説することにしましょう。


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