小テストに踏み切った訳

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これまではレポートを課して、その提出状況によって、総合的な評価を行おうと思っておりました。当初の予想からも、人のレポートを写す輩が現れるだろうと踏んでいましたが、それもその人の生き方なのだろう、と気楽に考えておりました。

レポートの目的は、(1)手を動かして計算してもらう(授業で納得しても、自分でいざやろうとすると、なかなかできないことをよく知っているので)ことで、本当に納得してもらいたい (2) 授業で行う時間のない計算をやってもらい、相補的に学習してもらう、(3) 各個人とコミュニケーションをできるだけとる、特に感想を通して、でした。

しかし、授業がはじまる少し前にいってみると、教室で人のレポートを写している人々が、(誇張でなく)半数に達するか、というほど現れました。さらに、レポートに感想もつけてもらうようにしましたが、人の感想まで写していると思われる例がでてきました。(本当に同じ感想をもっていた可能性は否定できませんが、レポートの内容もそっくり同じだったので、感想を写した可能性が高いと思われる。。)

このような状況はとても悲しむべきことです。僕が、レポートに感想をつけてもらっているのは、僕の授業を評価してもらいたかったからであって、僕の気に入るような感想を書いてもらうためでありません。また、感想という、まさに君たち一人一人の自由な意見を明らかにする場を、たかがアリバイ作りに放棄してしまうということが、悲しいのです。

勉強は主体的に行うべきものです。人の解答を写すにしても、ゆっくりと納得しながら写すべきです。授業前にあわててうつすくらいなら、やらないほうがましです。

いろいろ考え、レポートは(有益な側面もありますが)害悪を多く生むと考え、小テスト形式に転換することにしました。今後は、レポート提出は基本的に課しません。感想がゆっくり聞けないのは残念ですが、これも今後他の形で取り組むことにします。

意見がありましたら、メールでお寄せください。


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